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千代菊は時代が育てたうまい酒。時に酔い、花に酔った『清酒事始め』

天下統一の大望を成し遂げた豊臣秀吉。その絢爛たる安土桃山時代は、また文化の面で日本のルネッサンスともいわれます。
今日の澄んだ日本酒、即ち清酒がはじめてあらわれたのも、この桃山文化のさなか、
太閤秀吉による華麗な醍醐の花見に、諸大名からの献上酒の中に含まれるようになりました。
神代のむかし、コノハナサクヤ姫以来続いた日本酒(にごり酒)の歴史に、新たなページが加わったのです。
千代菊蔵元の初代・坂倉又吉吉之が、ここ美濃の地にやってきたのもこの時代です。
戦国の大名・蒲生氏郷の没後、国主運命を共にして武士を捨ててのことでした。

大岡越前守活躍のころ、銘酒『薄紅葉』誕生。千代菊 創業元文三年

美濃国・竹ヶ鼻村に居を定めた坂倉家は、元文三年(1738)七代目当主・又吉に至って酒造りを始めました。
伊吹おろしの冷気が満ち、清流・長良川の地下水が豊富に湧き出て、
また濃尾平野穀倉地帯の中央に位置するこの地こそ、酒造りに最適であることに着目したのです。
名君とうたわれた徳川吉宗、名奉行の誉れ高い大岡越前守らの
活躍した時代でした。当時の酒名は「薄紅葉」。
その淡麗でまろやかな味わいは、美濃の秋を彷彿
させたことでしょう。

大岡越前守活躍のころ、銘酒『薄紅葉』誕生。千代菊 創業元文三年

十九世紀の中ごろ、鎖国のわが国に開国を求める
黒船が次々に来航し、太平の夢が破られます。
そして、世は次第に幕末の動乱期へと向かったのです。
この過渡期にあたる文化年間に、今の代表銘柄「千代菊」が
九代坂倉又吉により生まれました。
異国船襲来という国難に当って、日本のいやさかを念じてのことと伝えられています。